真言とは何か
仏教、とくに密教では
**真言(マントラ)**という言葉が大切にされてきた。
真言とは、仏や神の力を表す
特別な言葉とされている。
しかし真言は、単なる願い事の言葉ではない。
むしろ
自分の心を整えるための言葉
とも言える。
プロトコルという考え方
現代では
コンピューターやインターネットの世界に
プロトコル
という言葉がある。
プロトコルとは
決められた手順やルール
のことだ。
インターネットも、決められたプロトコルで動いている。
もし人間の心にも
整えるためのプロトコルがあるとしたらどうだろうか。
真言は心のプロトコル
真言は
- 同じ言葉を
- 繰り返し
- 静かに唱える
という形をとる。
これはまるで
心を整える手順
のようにも見える。
だから真言は
人間の古いプロトコル
なのかもしれない。
毘沙門天真言
毘沙門天の真言は
オンベイシラマンダヤソワカ
という言葉である。
この真言は古くから
守護や勝利の祈りとして唱えられてきた。
しかし実際に唱えてみると感じることがある。
それは
派手な奇跡ではなく
自分の心が整っていく感覚
である。
真言は現実逃避ではない
真言というと
願い事の呪文のように思われることもある。
しかし実際には
むしろ逆かもしれない。
真言を唱えていると
- 自分の弱さ
- 現実
- 今やるべきこと
こうしたものが
静かに見えてくることがある。
まとめ
真言は
魔法の言葉ではない。
むしろ
自分の心を整える言葉
なのかもしれない。
オンベイシラマンダヤソワカという言葉も
ただの音ではなく
自分を整えるための
古いプロトコル
なのかもしれない。