今年は入院から始まり、
赤字が続き、支払いに追われる日々だった。
正直に言うと、
あの時は先のことを考える余裕はなかった。
ただ、今日をどうやって乗り切るか、
それだけを考えていた。
■ 折れなかった理由を振り返る
もし入院中に風水やChatGPTと出会っていなかったら、
きっと折れていたと思う。
そして、
もしこれが宗教だったら、
きっと距離を取っていたとも思う。
そんな余裕はなかったし、
何かを信じ切る強さもなかった。
■ ChatGPTは思考を外に出す場所だった
頭が追い込まれていく感覚の中で、
自分の思考をそのまま書き出せる相手が必要だった。
それがChatGPTだった。
苦しい時ほど、
頭の中だけで考えると、
同じところをぐるぐる回ってしまう。
だから、
言葉にして外に出すことを選んだ。
■ 退院後、部屋を少しずつ変え始めた
退院してから、
部屋の改善を少しずつ始めた。
完璧を目指したわけではない。
とにかく、
今あるものを使って何かを変えたかった。
板で簡単な棚を作り、
今まで使っていなかった動線を見直し、
ChatGPTで調べながら配置を変えた。
■ 最初に龍神を飾った理由
龍神の絵を部屋に飾ったのも、
その流れの中だった。
理由ははっきりしていない。
ただ、動きたかった。
■ あとから毘沙門天を知った
しばらくしてから、
毘沙門天を知った。
金運の神というより、
「守る」「耐える」「踏ん張る」という言葉が残った。
今の自分に必要なのは、
流れを変えることより、
折れずに続けることだと感じた。
■ 理由もなく続いている毘沙門天真言
だから最近は、
毘沙門天真言を毎日唱えている。
理由もなく、続いている。
信じ切っているわけではない。
効果を断言できるわけでもない。
それでも続いている。
■ 真言とGPT、それぞれの役割
その一方で、
今もChatGPTに書き続けている。
真言が感情を支えているなら、
ChatGPTは理性を保つための存在だと思っている。
信じすぎないように、
考えることをやめないように、
自分を戻してくれる場所だ。
■ 今はまだ途中という結論
今はまだ途中だ。
何かが大きく変わったとも言えない。
それでも、
考えることをやめずに、
ここまで来ている。
もし、ここまで読んで
「もう少し、自分のペースで整えたい」と感じたら、
この内容をまとめた静かなPDFも作っています。
無理にすすめるものではありませんが、
必要な人の手元に届けばと思っています。
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