――不安なとき、なぜこの真言は自分を支えてくれるのか
不安が強くなると、
頭の中は一気に騒がしくなる。
先の心配、過去の後悔、
「また失敗するんじゃないか」という声。
そんなとき、
自分は心の中で
オンベイシラマンダヤソワカ
と唱えるようになった。
正直に言うと、
最初から「信じていた」わけじゃない。
ただ、
これ以上、自分を壊したくなかった。
真言は「願い」じゃなく「戻る場所」
多くの人は、
真言を「願いを叶える言葉」だと思っている。
でも自分にとって
オンベイシラマンダヤソワカは違う。
これは
何かを手に入れるための言葉じゃない。
- 不安で前のめりになった思考
- 自分を責め続ける内側の声
- 雑な判断をしそうになる瞬間
そこから
元の位置に戻るための言葉だ。
唱えると、
一瞬だけ思考が止まる。
その一瞬で、
呼吸が戻る。
姿勢が戻る。
「今ここ」に戻る。
なぜ「力がある」と感じるのか
真言を唱えたからといって、
現実が急に変わるわけじゃない。
お金が降ってくるわけでも、
悩みが消えるわけでもない。
でも、確実に変わるものがある。
それは
自分の選択の質。
- 変な話に乗らなくなる
- 無理な我慢をしなくなる
- 危ない直感にブレーキがかかる
後から振り返ると、
「あの時、踏みとどまっていた」
と思うことが増えた。
たぶんそれが、
「守られていた」という感覚の正体なんだと思う。
自分を雑に扱わないための言葉
人生がうまくいかないとき、
人はまず自分を雑に扱い始める。
- 体調を後回しにする
- 心の声を無視する
- 「どうせ自分なんて」と切り捨てる
オンベイシラマンダヤソワカを唱えると、
その流れが一度止まる。
「今、自分は壊れる選択をしていないか?」
そう問い直す余白が生まれる。
この余白があるかどうかで、
人生は大きくズレる。
真言は魔法じゃない。でも…
はっきり言っておく。
この真言は
人生を代わりに変えてくれる魔法じゃない。
でも、
- 壊れそうなとき
- 判断を誤りそうなとき
- 自分を見失いそうなとき
踏みとどまらせてくれる力は、確かにある。
それだけで十分だと思っている。
今、不安な人へ
もし今、
不安が強くてどうしようもないなら、
何かを願わなくていい。
信じようとしなくていい。
ただ心の中で
オンベイシラマンダヤソワカ
と唱えてみてほしい。
そしてそのあと、
今日できる小さな一つを選ぶ。
それでいい。
最後に
この言葉は、
弱い人のためのものじゃない。
踏みとどまろうとする人のための言葉だ。
今の自分にとって、
オンベイシラマンダヤソワカは
確かに「力がある」。
それは、
自分を現実に戻してくれる力だと思っている。